2021年04月27日

なぜ生きているのか

哲学のような問いになるが、究極はその問いに対して考えて欲しい。
人間として生まれ、必ず死が待っている中でなぜサッカーをしているのか。
生きるため。
生きるためと言ってもどう生きるのか。
プロのサッカー選手になる確率は東大に入るより難しく。
プロになっても大成するのはまたごく僅かな世界だと知りつつなぜサッカーを選ぶのか。

サッカーは人を子供から大人にするから。
サッカーは集団スポーツだから、社会性が身につくから。
サッカーは青春、感動があるから。
理由はなんでも良い。
それを自分が選んだと言うことが1番大事である。

サッカーと言うスポーツはとても楽しい。
サッカーはボール1つで人を幸せにしてくれる。
ある刑務所の中でサッカーが囚人たちを変えたとも言われるくらい美しいスポーツである。

ただ、サッカーは残酷でもある。
チームが勝利を目指すために、苦しいこともやらなければならない。
チームのために走らないとならない。
チームで試合に出れるメンバーも限りがある。競争がある。

その現実を知り、そして自分はどうするのか。
何を選び、何をするのか。
チームの勝利のために何をするのか。
自分で考え判断し選択する。

サッカーをやるきっかけは友達や親が与えたかもしれない。
そこで続けてきた中で、早い段階で自分で選んでることを理解させた方がその子にとって良いと考える。
大人の価値観で負けず嫌いにならないとダメとか、チームやコーチの言うことを絶対に聞かないといけないとか。
何が正解なのか、何を自分が大事にしていることなのかも考えないで与えられた価値観を遂行する。
自分で選ぶことが出来る時が来た時に初めて気付く。
なんでサッカー選んだのか。
その時までに費やした浪費、時間は返ってこない。
努力しろと言われ何に向かって努力しているのかも深く考えないで努力した結果が青春なのか。

競技はまさに競争である。
その螺旋に乗るのも降りるのも自分が選ぶことだと思う。
もちろん、その見極めが難しいからカテゴリーがあって海外は毎年移籍が当たり前にある。
カテゴリーが下がったから競技から降りろと言っているわけではない。
まだ上のカテゴリーではどうなのかとなっただけ。
それを踏まえて自分はどうなりたいのかを考え行動する。

中田英寿の早期引退も最後の方はプロサッカー選手が楽しくなかったと言っている。
サッカーは好きだから続けるし、サッカーは楽しいと。
W杯を含めてプロでやるには簡単な覚悟では出来ないと言うことだ。

小さいうちから自分はどうなっていきたいのかを問い、自分で選んでいけば覚悟ある人間になると思っているし、なって欲しい。
周りに言い訳をするのではなく、自分と向き合って欲しい。
サッカーと言うスポーツは競技でも、生涯スポーツでも追求し甲斐がある。
出来ない悔しさ、できた喜び、負けた悔しさ、勝った喜びを自分で感じ、サッカーを選んで欲しい。

大量生産大量消費の時代に限界が見えて来て、地球資源の限りがある中で人間は何を選択していくのか。
資本主義社会の中、死んだら自分のものなど何一つ意味をなさない。
人は必ず死ぬ。その死が待っている中で何をするのか。
自分は何に幸せを感じるのか。
どう最後を迎えるのか。

自分も考え続けることが生きることなのかと思いつつある。
偉そうなことは言えないが、子供と言われる時から生きるの意味は問い続けた方が良いと思っている。
posted by メガネコーチ at 05:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする