物事には多面性がある。
善か悪かの二元論で見ると良くない。
見る角度を変えると見え方が違う。
裏と表があるのだから常に冷静に物事を見なくてはならない。
善か悪かの二元論で見ると良くない。
見る角度を変えると見え方が違う。
裏と表があるのだから常に冷静に物事を見なくてはならない。
また、その多面を見た上で、どうするかを決めるのは自分である。
他人に委ねることは楽なのかもしれないが、それは自分の存在意義がなくなる。
世の中、学校、テレビ、親、友達など色々と色々な価値観の情報に溢れている。
その色々な世界で自分は何を大事にするのか、自分はどうするのか。
どう生きるのか、何を選択するのか。
どう死ぬのか。
自分が選んだことに違うと思い考えを改めることも問題ない。
世の中が生産性重視の流れにある中で、人生も無駄なく最短で生きなくてはならないと言う風潮に感じる。
今までは表だったと思ったが裏を学び自分の考えを改め、裏でも表でもない自分の考えがでてくるかもしれない。
それは決して無駄なことではない、無駄な時間でもない。
自分が考え続けていると言う過程は自分の新たな思考に必ず役に立つ。
自分で思考していないとメディアや世の中に進む道を決められてしまう。
知らない間に必死に働かされていく人生になる。
この人生が良いとか悪いとか言ってはいない。
自分でちゃんと選んで生きられたら良いよね!?
と投げかけている。
人生の正解はない。
幸せを感じるのは自分の物差し、他人や世の中が決めることではない。
マネー社会の資本主義に生きる以上お金の奴隷になっている人間だが、人間らしくいるための唯一の意志を大事にしたい。
「自己決定」
幼少期から自己決定能力を教育で付けさせないといけないと感じている。
自分で物事を判断していかないと自分の課題設定も出来ない。
学校、コーチ、親の言うことを文句も言わずに行う子はどうなっていくのか?
自己啓発の本も色々とあるが、僕ら指導者が今の子どもたちへの携わり方がとても大事になると思う。
礼儀の人間教育をうたう集団が多いが、もっと大事な人間の根本、意志を持たせられたら礼儀も自ずとついてくると思う。
自己啓発の本も色々とあるが、僕ら指導者が今の子どもたちへの携わり方がとても大事になると思う。
礼儀の人間教育をうたう集団が多いが、もっと大事な人間の根本、意志を持たせられたら礼儀も自ずとついてくると思う。
自立をうたうなら信頼し、見守り、我慢する。
先々どうなってることをイメージしたい。
と言うが簡単なことではない…。
日々精進である。
日々精進である。