2022年12月13日

認知はサッカーだけでない

誰かに迷惑をかけることは駄目と言う風潮が強すぎる日本
迷惑をかけることは大したことではない
お互い様である。

自分のことは二の次だと判断や決断するのが難しい。

今の子は皆んな良い意味でも悪い意味でも余計なことをしない世間の言う良い子が多い。

先生や大人が言ったことを聞くし守る。
ここで思うのだが、子どもは本当に納得して行動に移っているのかどうか。

常になぜ?どうして?が入っているのか?
お母さんが駄目って言うから…。
先生が良いよって言ったから…。

確認や許可を取ることが悪いと言ってるわけではない。
しかし、自分で考え、どう思うのかをひとまず出した結果に対して聞いたり確認するのが本質かと。

全ての行動が確認ベースだと臨機応変の判断が出来ない。
これはどうしたら良いですか?これは?こんな時は?など無限にでる。

では、それを解決するのは何か。
まず自分で考えることがベース。
自分で納得感を持てたときに出来るのではないだろうか。
それは「理解している」とも取れるが、結局どうなっていたら良いのかを考えられていると行動に軸が出来る。

最悪なことはコレで、そうならなければある意味何とかなると言う、最悪の状況、事を理解するのも良いかと。

そのギリギリの曖昧な状況をどれだけ小さいうちから判断してきたのかが人生においても幸せに近くなると私は考える。

大人になるにつれて納得いかないことが増えて世の中に疑問符がいっぱい出る。しかし、ルールだから、規律、モラルなど自分で納得したわけではない事が決められた世の中で窮屈そうに生きる。

その思考でいくと、世の中のせい、社会のせい、誰かのせいにしていく。
ルールだから、先生が言ったから、お母さんが言ったから、あいつがどうだから、など自分の考えや自分の行動が次に来てしまう。

結局全て自分が行動に移していると言う「自分が主語主体である」ということを見えなくなっている。

それはとても不幸な気がしている。
サッカーもそうだが、結局自分でプレイを決めなくてはならない。
その決断を楽しめる人間になってもらいたい。
その為にサッカーだけで認知、認知と言われるだけでなく、世の中をどう認知するのかを生活習慣にしてもらいたい。

コロナ禍になり早3年が経った
子どもが認知して納得感を持って行動を取っているのだろうか…。

常に世界を大きく捉えたい。
posted by メガネコーチ at 15:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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